史跡案内 - History -

河原町界隈の史跡案内⑬南座

江戸初期、四条河原は多くの芝居小屋が出来て歓楽の場であった。幕府はこれを四条河原の東側に集め、7軒の芝居小屋を公認した。南座はそのうちの一つで「南の芝居」と呼ばれていた。明治の初めの二座のみとなり、やがて「北座」も無くなり、明治27年以降南座だけが残り、現在も京都にある唯一の歌舞伎劇場として親しまれている。11月30日からの顔見世興行は、年中行事となっており、出演する役者名を筆太文字(勘亭流)で書いた看板は、「まねき」と呼ばれて京都の師走の風物詩となっている。南座の西側には、歌舞伎の祖とされる出雲の阿国の「阿国歌舞伎発祥地」の石碑があり、南座の筋向いの四条大橋東詰北側には、「出雲の阿国」が踊っている像がある。