史跡案内 - History -

河原町界隈の史跡案内①本能寺

創建時は、「本応寺」応永22年(1415)。天正10年(1582)「本能寺の変」で明智光秀が織田信長を自刃に追いやり焼失した。この時は、蛸薬師油小路にあった。秀吉の転地命令で天正20年(1592)に現在地へと移転した。法華経(本門流)の本山。現在の境内には、織田信長の供養塔や江戸末期の文人画家浦上玉堂の墓もある。堂舎は、昭和3年(1928)の建立。建立に際し当寺は、火災での被害が多く、古くは天文法華の乱や本能寺の変、天明8年(1788)の大火さらに蛤御門の変(1864)、などにより度々焼失した。そこで、火災を嫌い、文字の「ヒ」=「火」につながるため、「本能寺」の「能」はすべて「䏻」と書かれている。「ヒ」=「火」を消し「去」る意味が込められたという。