史跡案内 - History -

河原町界隈の史跡案内⑪瑞泉寺

三条小橋(高瀬川)東詰南側にある。慶長16年(1611)高瀬川を開削していた角倉了以によって、刑死した豊臣秀次公とその一族を弔うために建立された、浄土宗西山禅林寺派の寺。豊臣秀吉は姉の子秀次を関白にしたが、淀君との間に我が子秀頼が生まれると次第に煩わしい存在となった。文禄4年(1595)秀吉は、秀次を聚楽第から伏見城に呼び寄せ、高野山へ追放し自害させた。それから16年後「畜生塚」と呼ばれていた荒廃した秀次一族の石塚を、角倉了以が寺院を建立して弔ったものが瑞泉寺である。